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崖っぷちの男たちが創りあげた「伝説の舞台」!
関根勤&ルー大柴…50男達が板の上で翔く!
稀代の銭ゲバライターが内側から覗いた「カンコンキン」
関根勤・ルー大柴100歳の挑戦山中伊知郎著 飯塚書店刊)


こさきん亭
コサキンFAQ
※コサキンを聴く上で、知らなくてもいいけど、知っておけばちょっと放送が面白くなるコトバの意味や慣習などを4ブロックに分けて解説しましょう。
 くわしいふりをしていますが、筆者も聴き始めは1993年です(放送開始は1981年)ので、いばれたものではないことをお断りしておきます(とくに放送の歴史に関しては無知に近いので、ほかのもっと詳しいページでお勉強(笑)することを勧めます)。

用語編 慣習編 人物編 その他


● 用語編 ●

Q 「ケレル」って何ですか?
A  そもそもこれは、ムッくん、ラビーが映画の鑑賞中、「ケレル」という映画の予告編を見て感銘を受けたことに由来しています。この映画は、ゲイの水兵さんの物語で、主人公の名前が「ケレル」。予告編の途中、甲板の上でケレルが尻をつかまれるシーンが登場し、二人は感銘を受けたわけです。このシーンでは実際に「ケレルぅー!」とは言っていないのですが、両氏は感覚的にセリフを付け加えているのです。

 で、ここから転用されて、男性が男性の尻をつかむことや、そのときに発する奇声を示すようになりました。さらに一歩踏み込んだ状態を指す場合や、単に男性のあるまじき愛情を示す場合もあります。男女間の正常な行為を示すこともまれですがあります。
 なおつづりは「Querelle」なので、「クェルェゥ」と発音しても良いとされています。
 一時期ムッくんが、「コサキンSENo.1」(「知ってれホン」の前身)中にリスナーとの親交を深めるためテレホンケレルを敢行。「○○クンのお尻をギュッ!」と言うと、「クェルェルゥ〜!」とリスナーが言うことが通例になっていましたが、ついに「鶴間の一声」によってテレホンケレルは終焉を迎えましたとさ。

 なお、映画のサウンドトラックではアンディ・ウォーホルがジャケットデザインを担当。おすぎがコメントを寄せているとか。ビデオも出ています(が、コサキンの二人は予告編で衝撃を受けたからか、まだ見てないらしい)。

Q 「若じじい」って何ですか?
A  コサキンも番組開始には20代だったのがついに40代となり、ますます円熟味を増してきたのと同時に、失ったものもあります。「若さ」です。
 昔は代々木上原でミサイル3発のミッションも何のその、風邪などひいてもすぐに治ってしまったでしょうが、それも今は昔。ラビーは風邪をこじらせて休み、ムッくんは髪の毛がくたびれてしまいました。番組中にはバテるようになり、2時過ぎ暴走や、2時半のあげましょう連発はあまりに有名。特に生放送の時は異様なテンションを見せた後、すっかり疲れ切ってしまうのが特徴。

 そしてもう一つ、失ったものが「記憶力」です。ダブル腕時計事件、財布わきはさみ事件、森高グラミー賞事件(ラビーがナベジュンに贈った森高のビデオは、実はその上にグラミー賞の中継が録画されていた)、コサキン用語忘れ(アペニョ、バロローム、万華鏡和樹)など、様々な忘れん坊将軍ぶりを披露しております。
 こういった「じじい」的な特徴を30代後半ですでに身につけていたことから「若じじい」現象と呼んでいるのです。若手と呼ばれていた日々を懐かしむ二人に哀愁を感じ、そしてまた40代の味わいが新しく身に付いているコサキンの二人の今後に幸あれ。

Q 幻の名盤解放同盟ってなんですか?
A 幻の名盤解放歌集日本コロムビア編・スナッキーで踊ろう  各レコード会社の珍盤(意図的に人を笑わせようと思って作られたものでなく、いたって真面目なレコードながらも、時の流れとともに笑いの要素を持ち始めるレコード)を集めた、企画モノCD全集です。レコード会社ごとに1枚ずつリリースされていて、中には一人の歌手に焦点を当てたものや、作曲家の特集などもあってバラエティに富んでいます。

 主宰は、アヴァンギャルド漫画雑誌「ガロ」で地位を確立、音楽にも造詣が深く、「電波系」など奇著も数多い、自称「特殊漫画家」根本敬。ほかに、音楽評論家湯浅学(珍盤評論家としてたまに「タモリ倶楽部」にも出る)も参加しています。

 「CD大作戦」で数々の珍盤を墓場から甦らせてきたコサキンがかみつかぬわけもなく、ここから「スナッキーで踊ろう」(海道はじめ)「もだえ」(マリア四郎)「愛の絶唱」(大子乱童)「銀座八丁光のまつり」(敏いとうとハッピー&ブルー)などがコサキンソングとして第2の人生を歩んでいます。
 ただし「太陽がほしい」(万里れい子)に関しては「幻の名盤」リリース前からコサキンソングだったようです。

 なお、主宰者らは、絶叫型歌手矢吹健(「あなたのブルース」など)や「まぼろしのブルース」でおなじみ勝彩也の師である作詞・作曲家藤本卓也に心酔しているようで、ジャケットの曲一覧にも、この人の作品だけはその旨をいちいち表示しているくらい。

 このCDはブックレットの張り付いた特殊なケース(いわゆるデジパック)に入っています。ブックレットには曲の解説がありますが、意味不明な記述も散見されます。イラストは根本が書いていますが、かなりオゲレツなものもあります。いずれも根本独特の世界観によるものでありますが、コサキンリスナーには刺激がいささか強いかもしれません。
 また、クロスレビューなるミニ評論コーナーでは、根本らのお下品極まる表現(セックスや排泄物、マイノリティ攻撃)が失笑を誘います。

 正直言って、コサキンとは別方向の嗜好を持つ人々の手による全集のため、若干腰が引ける部分もありますが、AMラジオの音質に飽きたらぬ人(とくにモノラルで聞いている人)には資料として最適ですし、コサキンとは微妙にズレた感覚があるのでそちらがお好みの人にはオススメのCDです。リリースから時間が経過しており、入手は難しいですが、再プレスもされているようです。詳しくは、発売元のブルース・インターアクションズのホームページへどうぞ。

幻の名盤解放歌集レビュー

Q 臭いと評判の、カックラキンの仔トラって何ですか?
A  ラビーがまだ、怪しいタレント「ラビット関根」だった時代、出演していた公開テレビ番組「カックラキン大放送」にて、ステージ上に仔トラが登場、恐ろしいというよりあまりの臭さに参ってしまったことから、臭いものの代表格となっています。このほかに、香水が臭かった人々として「全盛時の安西マリア」「化粧のすごいJ・シェパード」などがあります。

Q コサキンがテレビになったことがあるって聞いたんですが?
A  '94年10月からTBSテレビ系で全国ネット放送された、「ザッツ!コサキンルーの怒んないで聞いて!!」がそれです。

 TBSテレビは当時低視聴率にあえいでおり、起死回生を狙って、月〜木曜の7時台を改革。30分番組を全廃し1時間枠としました。「ムーブ」と名付けられたこの枠の4番組はことごとく惨敗。成功したのは木曜日の上岡龍太郎の番組だけでした。
 それで帯タイトルを「ザッツ!」と改名。ラインナップを入れ替え、「関口宏のPAPAパラダイス(月曜日)」「ウェディングベル(火曜日)」「上岡龍太郎男と女ホントのところ(木曜日、続投)」と並んで、水曜日に登場したのが、この「コサキンルー」でした。

 この番組はほとんど「テレビ版コサキン」ともいえる番組で、視聴者からのハガキを募集、おもしろいものには「諭吉賞」として1万円を進呈する(ラジオより豪華!)というもの。テレビ的には、投稿テレビ番組のパイオニア「欽ドン!」の流れをくむものと言われたようです。

 作家には鶴間政行、有川周一、舘川範雄、楠野一郎のコサキンでもおなじみの各氏をそろえ、さらにパジャマ党出身の放送作家、君塚良一氏(もはや放送作家というより「踊る大捜査線」の脚本家と言った方がいいかも)が参加。

 企画も、鶴間さんの番組「ラジオはアメリカン」からの「のものもの(いわゆる回文)」をのぞき、全てコサキン発。「なんでもベスト3」「絶対ある絶対ない」「CD大作戦」「タクシーの運転手と客の会話」など。ただし、後半の二つはテレビ視聴者には難しい(マニアック?)ため、初回に紹介されただけでした。

 初回の採用者には渡辺準一氏、お侍さん氏などコサキンでもおなじみのメンバーがそろっていました。今にして思えば、ラジオから持ってきたハガキだったかも知れません。

 視聴者のハガキだけでは番組をつなげないと判断されたか、つなぎのコーナーも豊富でした。まず、ラビーの大滝秀治のモノマネ寸劇コーナー。当初は「秀治の部屋」と題し、ラビー扮する大滝秀治の日々の生活を、ニセのテレビ番組をはさんで送るというもの。将棋の駒を溺愛するラビーの姿が笑いを誘い、途中ではさまるムッくんやルーの番組も、「ルパン三世のテレホンショッピング」など秀作ぞろいでした。

 後にこのコーナーはドラマコーナー「秀治と嫁さん」に昇格。ムッくん扮する「大滝かずこ」とルー演じる「大滝柴夫」との生活を、ギャグたっぷりのドラマに仕立てたものでした。一色紗英、中村玉緒などの豪華ゲストが出演。水谷あつし演じる謎の客が独特の味付けをしていました。

 また、秀治本人がラビーに内緒で出演するというハプニングも。これにはラビーも困惑していた様子でした。
 後期クールでは(数字の低さや予算のなさをごまかすためか)ゲーム企画が中心。ボウリングゲームなどに興じていました。

 また、ルーには独立コーナー「パチパチ7」もあり、体が7だらけのくせに7が嫌いというニューヒーロー、「パチパチ7」が都内各地に出没、ゲームをするという企画がありました。ルールは単純、数名で行うゲームで、1から一人ずつ数字を言っていくのですが、「7」が含まれる数字は言ってはならず、そのかわり手を叩かなくてはならないというものでした。しかし当時は嫌われ者で通っていたルーを毛嫌いする素人が続出、ロケは難航したようです。

 このように、さまざまなコーナーで構成されたこの番組は、「コサキン+α」の形をとったバラエティ番組でありました。しかし、裏番組には「ドラゴンボール」というバケモノが。当然、数字は初回から9%という苦しいもの。数字が低いまま年を明けた後期クール、「はじめての女装コンテスト」などテコ入れが行われましたが、余計に番組を汚くしてしまっただけでした。

 結局、4月の改編期を乗り切ることは出来ず、94年10月から始まった番組は翌95年3月に、ラビーと大滝氏の再会企画などの最終回で、ひっそりと終了。リスナーの夢は、たった半年で怪物アニメに喰われてしまったのです。ラジオでは当時も今も栄華を放つコサキンも、テレビでは、裏番組にも恵まれず惨憺たる結果に。

 やはり、ラジオの企画をそのままテレビに持って来るという安直さがそもそもの敗因だったのでしょう。「欽ドン」も同じくラジオ生まれのヒット番組となりましたが、もはやそんな時代ではなかったようです。「秀治」などつなぎコーナーも、リスナーにはかなり受けたようでしたが、一般視聴者にはあまりの深さに理解不能だったよう。後期、一般ウケするような内容にしたものの、かえってソフト路線にし過ぎたのです。

 その後、帯枠「ザッツ!」は解体、「ウェディングベル」「上岡龍太郎」は独立して続行、「PAPAパラダイス」は終了しましたが「ムーブ」時代の「東京フレンドパーク」を復活させたところ視聴率が上がりました。あとはご存じの通り。この「コサキンルー」だけが、失敗作扱いでした。

 「コサキンルー」終了を受け、コサキンでもその告知がなされたのですが、ラビーは「この企画はね、ラジオ向けなんだよ!」と開き直る始末。「コサキン」は、こっそり深夜に咲く花であってこそ美しい、そんな気持ちにさせられた春を、リスナー達は迎えていたのであります。

 なお、初回で「一緒に頑張りましょう」と言っていたダチョウ倶楽部のゴールデンメイン番組「つかみはOK!」(水曜午後8時)と共倒れしたことを付記しておきましょう。

Q 「とーけー」って何ですか?
A  これは「トカゲ星人」の鳴き声です。「欽どこ」の往年の名コーナー、「クロコとグレコ」で毎週ネタを披露せねばならず悩みに悩み抜いていたムッくん&ラビーが「NHK教育の学校番組でやってるような設定で行こう」と決めて臨んだ本番。「今日のママは様子が変だ、ママがいつもと違う」とふってきたグレコことムッくん、「トカゲ星人だ!」と突拍子もない一言。するとクロコことラビーは「とぉーけぇー」と叫び、ムッくんを唖然とさせたのです。

 「ジャングルTV」でムッくんがゲスト出演した際、「トカゲ星人だ!」「とーけー」といつものようにやったところ、スタッフから「番組中に写真を使いたいのでトカゲ星人について詳しく教えて下さい」と言われたという逸話が残っています(もちろんコント上の即興で作った創作キャラだから写真も資料もあるわけがないのですが)。

Q 「有川君の絶叫」ってCD、あるんですか?
A 30シケ男がフォーライフに所属した証拠 発売元:フォーライフ 価格:777円(税別・当時消費税3%) 品番:FLDF-1580

 '95年9月、コサキンのスター、有川周一をフューチャーして制作されたCDシングルです。

 構成作家である有周はその極度の恐がりから、飛行機内でおびえていたところをラビーに発見され、それがきっかけで「GoGo遊園地ツアー」が誕生し、定番となりました。有周は数々の絶叫マシンを制覇しました(制覇されたとも言う)。

 恐怖、焦燥から来る絶叫やボヤきは「CD大作戦」でネタに使用され、幾度もリフレインされることとなりました。そんな有周の叫びが評判になるにつれ、業界内でもその叫びに注目する人が出てきました。それが、このCDの制作者BANANA ICE。企画は秘密裏どころかオープンに進みます。発表されたのは意外な場所でした。'95年のコサキン本「コサキン★コント集左」・「同右」のカヴァーの背表紙側に、こっそりと「有川周一CDデビュー」の文字が書かれていたのです(発売元はフォーライフ。すでに品番まで振られていた)。

 そして番組内でも企画の進捗状況が随時発表されました。タイトルの募集もなさましれたが、結局普通のタイトル「有川君の絶叫」に落ち着きました。
 番組内では毎週「有川君の絶叫・ラジオエディション」が放送され、CD発売前に有川熱はいやがおうにも盛り上がっていきました。
 思えば、しけた顔の単なる30ダメ男がアーティストとしてデビューすること自体エポックメイキングな現象でしょう。リスナーの間では、「おそらく店頭にCDが並ぶことはないであろう」とふんだ人々の予約が相次ぎました。

 9月、ついに有川周一デビューシングル「有川君の絶叫」がリリース。「金曜ビンゴコサキンDEワァオ!」でも、CD発売記念の特別バージョンが放送されました。スタジオにリスナーを招待、リスナーとともにコサキンレギュラーが有川氏のデビューを祝ったのです。
 また、岸谷五朗、安達祐実、渡辺美奈代、辺見えみり、Blue Boy、浅井良二(株)浅井企画社長、赤坂パチンコモンタナ店長小松沢氏らがお祝いのコメントを述べています。

 このCDには4トラック収録されています。
1「有川君の絶叫」有川氏の叫びを中心に、「ジャンボリージャンボリー」の歌声を交えてラップ調にアレンジしたポップな一曲。
2「有川君ってなさけない」おそらく舘川が執筆したであろうしけ顔レジェンドを、有周のバカな場面をはさみつつ、女性二人の会話という設定で紹介していくオマージュ的作品。曲ではない。
3「有川君の絶叫ってなさけない」「ジャンボリージャンボリー」をしけ顔叫びとともにレゲエアレンジした短曲。
4「有川君の絶叫・おまけ」有川氏の絶叫をシンプルに編集したボーナス・トラック。

 ジャケットは、表面は赤を基調に、有周の泣き顔写真をCG加工したもの。鼻水を垂らし、髪が爆発しているふざけた絵。
裏面は同様のCG写真の上に「有川周一データ」と題したディスコグラフィー?が長々と綴られています(執筆ノリー?)。

 中面では、中央に、ヤセヤセ時代の有周の爽やかな、納豆にココアを混ぜてプリンにかけて食べたときの味のような笑顔がプリントされています。

「Produced by 永田守とコサキンオールスターズ」とあり、当時プロデューサーだった永田氏の尽力がしのばれます。ムッくん&ラビーのコメントもあります。「来年の僕のショーに是非ゲスト出演をお願いしたい…」というムッくんのコメント。未だ実現していません。「およげたいやきくん以来のショックだ!!」とはラビーのコメント。その「およげたいやきくん」も今となっては過去の記録です。

 CDは、現在でもCD大作戦で有効活用されています。そんな「有川君の絶叫」が、再び日の目を見たことがありました。'97年5月、読売新聞夕刊にて、このCDと有周が大々的に紹介されたのです。記事は、有川氏へのインタビューで構成され、「パッとしない男」などの記述はラビーを激怒させましたが、1年半ぶりにこの出来事の思い出が甦りました。

 リリース当時は番組が関東ローカルだったことも災いしたのか、CDは廃盤までに5,800枚しか売れなかったようです。「およげたいやきくん」どころでは到底なかったわけです。それでも、有周には微々たる印税は入ったんでしょうが…。

Q (東京在住リスナー)代々木上原がどうしたのですか?
(非東京在住リスナー)代々木上原ってなんですか?
A  コサキンでは「代々木上原」といえば、「ムッくんの肉欲の結集地」という意味を持ちます。

 ムッくんが、芸人としてはまだ駆け出しで、現夫人の白井ひとみ嬢と交際していた頃、ラジオ番組の本番前、ラジオ局をいそいそと抜け出し、地下鉄で、夫人の家のあった代々木上原へ急ぎ、家でムッくんは「2度も汗をお流しになった」(ラビー談)のです。
 無論、これは夫人とのフィジカル・ナイト・スポーツ、別名アヘアヘ状態、つまり、いわゆる汗のブレンド運動のことに相違ありません。

 その後ラジオ局のスタジオにとんぼ返り、ラビーと一緒に出ていたレギュラー番組の本番に「空の状態でいらした」ムッくん。当時の司会者池田まさる氏に「ねえ、小堺君、どうしたの?」と言われ、ボーッとしていたのだといいます。その光景を間近で見ていたラビーは「1回じゃないな」と述懐。しかし後になって「2回じゃない」と修正、ムッくんの打ち上げた6号玉花火は3回に上っていたようです。

 その甲斐あって、ムッくんは3人の子宝に恵まれ、今も幸せな日々を「コサキン・ザ・アイ」で披露しているわけですね。

 また、ラビーには南砂町伝説がありますが、何しろ「リスナーがひいちゃうから」と本人が語りたがらないので詳細は不明です。

 学生街として有名だった代々木上原は、今ではムッくんがヘゲった街として語り継がれています。地方から、コサキンのイベントや舞台を見に来たリスナー達が観光地のごとく代々木上原を見て感慨にふけることからもそれが分かると言うものでしょう。フォーエバー、代々木上原。性欲よありがとう。

Q ジンガイのチャンバーって何ですか?
A  その昔ラビーがやっていた日テレの情報番組のディレクターが、単語の上下をひっくり返す「芸事隠語」を常用する人で、「えー」を言おうとして「イー」と言っているところがおかしく、コサキンでネタになったのです。
 とある映画をラビーに説明するときも、「外人の年を召した女性が」という意味で、「イー、ジンガイのー、チャンバーが、イー!」と言っていたとのことで、これが逸話になり今も残っているのですね。

Q 「ぺごい」って何ですか?
A  ムッくんが数年前はやらそうともくろんでいた意味ねー言葉。中学校の時、サッカー部の久保田くんが言っていたらしく、「おまえぺごいよ、相手しない、ぺごいぺごい」といいながら手の甲を相手に向けて、手を払うしぐさをする。ムッくんが数週にわたって使用。しかし、「ぺごい」が方言だかジャーゴンだかの説明がなく、スタジオ内の盛り上がりをしり目に、用法がいまいちリスナーサイドに伝わらなかったため、コサキン用語としては短命に終わりました。

Q 「こさきん亭」さんでも分からない用語ってありますか?
A  そんなの日常茶飯事ですねぇ。コサキンは放送開始20年を誇る長寿番組ですが、筆者が聴き始めたのは1993年の6月ですので、まだまだということになります(でも、小学生が入学して卒業する期間以上コサキン聴いてんだなぁ…しみじみ)。
 ですから「ハニワ」「コサキン仮面」「中野ケロヨン軍団」など、今でも「?」となるコサキン用語はまだまだあります。でも、そういったアンティークコサキン語(?)については積極的には調べておりません。インターネットで調べれば分かることかもしれません。
 「ご案内」でも触れましたように、「知らなかったことを知る楽しみ」または「知らないことがある(これから知ることができる)楽しみ」というのもあります。筆者はある程度コサキン用語・知識を「知りすぎた」段階にいるとは思いますが、知らないのもあります。知らなくていい用語・知識もあるでしょうし、あるいは知らない方がいつまでも「ケツ青リスナー」でいられるので、あえて調べないのです。
 もしあなたが「この言葉だけは、この知識だけは知っておきたい」というのがありましたら、この「こさきん亭」もある程度役に立つとは思いますけれど、ほかのより優れたコサキンサイトでも調べられます。「開拓地」あってこそ楽しめる部分、「未開の地」あってこそ楽しめる部分を使い分け、よりいいコサキンライフを味わってほしいものです。Have a nice trip and peach-hip!

Q コサキン本の「写真ネタやめい」ってなんですか?
A  これは、番組中もよくムッくんが言っているように、「ラジオで写真ネタをやるのは変だ」という認識はありつつも、ついつい紹介してしまうというコサキンの特徴を、かの明石家さんまが戒めた故事から来ています。
 さんま師匠が番組にゲストに来たとき(もちろん大昔)、ラジオなのに(説明がうまくできるはずもない)写真の投稿が来ていたのを杉本師匠がツッコんだというわけです。で、それがコサキン本の写真ネタコーナーのタイトルとして生きているわけですね。

Q 「オギオギ」「オケベ」ってなんですか?
A  「オギオギ」は性欲の高まりをしめす独特の擬音。派生語に動詞形の「オギる」があります。谷岡ヤスジがマンガの中で、欲情を示す擬音を「オギオギ」と書いたことが始まりといわれています。
 また「オケベ」は「スケベ」のコサキン内ジャーゴン。「お下劣でスケベ」の略とされます。

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