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カマキリ伝説1・1/2  カマキリ伝説2  小堺一機&柳沢慎吾LIVE

こさきん亭
ラジオ「コサキン」の概要
◆誕生  ラジオ番組「コサキン」の歴史は、「代役」から始まった。'81年、スーパーウォンバットDJことTBS松宮一彦アナウンサー('99年9月逝去)が、TBSテレビ「ザ・ベストテン」の追っかけアナウンサーとしてかり出された。彼のラジオ番組は、木曜日だけ、ピンチヒッターとして、小堺一機とラビット関根(関根勤の当時の芸名。桂三枝が命名)のユニット「コサラビ」が担当することになった。彼らは当時、お笑いTV番組「ぎんざNOW!」で人気を博していた。
 しかし、芸歴こそ長かったものの、あまりのつたなさに、彼らの所属する事務所「浅井企画」の川岸氏は大激怒。

◆人気爆発、長寿番組に  番組開始からハガキが来ないという状況を経験。二人は「この番組、どうせもって3ヶ月」と割り切り、意味のないギャグや誰も聞かないような名曲を発掘したことで人気がブレイク。その後、放送時間帯は、夜の帯番組、水曜深夜、週2回(水曜・土曜)放送、土曜深夜と移り変わり、地道にファンを増やしていく(もちろん離れる人もまた多い)。ネット局も増えていった。
 が、'94年には、深夜に時間がとれず土曜夕方の1時間番組に回されネット局も全滅、という危機も経験。しかしリスナーの熱い声は番組を長らえさせ、放送開始27年半を数える長寿番組となった。一時期2時間番組に復帰したものの、2人の年齢を考慮してか(笑)、深夜に週1回、1時間番組となった。
 タイトルも変遷していった。「夜はともだち」「ザ・欽グルスショー」「コサキン無理矢理100%」「コサキン増刊号」(「無理矢理100%」とは別枠で放送されていた。本家よりもネット局が多かった)「コサキン快傑アドレナリン」。'94年10月に、最後まで使われるタイトル「コサキンDEワァオ!」となった。このタイトルのまま、4回(厳密には5回)放送時間が変更され、04年に10周年を迎えた。09年に15周年を迎えるはずだったが、その半年前に、その軌跡は一応の終着を迎えている。
★参考になります。田無しさんのページ http://radio-k.bird.to/

◆特徴  番組は多くがリスナーの投稿によって構成されており、それに「ラビー」こと関根、「ムッくん」こと小堺両氏のトークで味が付けられる。放送作家の存在もこの番組の重要なファクターである。監修の鶴間氏、絶叫の有川氏、ファッションの舘川氏。
 この番組からは多数のタレントも芸能界に送り出された。古くは田中律子、ルー大柴。キャイ〜ンもこの番組を巣立っている。中にはローバー美々(かわのえりこ)やLaおかきのように、芸能界にあだ花のように咲き、消えていった者もいる。

 あまりに意味のないギャグの連発だった全盛期を経て、現在は少しだけ意味あるギャグと、芸能ネタ、男色ネタを織り交ぜた「安定期」に突入している。
 その独特の世界から、理解不能な人を寄せ付けないのが玉にキズだが、一度はまればやめられなくなる、ドリアンのようなラジオ番組といえよう。

◆リスナー  深夜番組ではあるのだが、タイマー機能の付いたラジカセが普及したことから、テープに録音した番組を通学途中や通勤途中に、ニヤニヤしながら聞くスタイルをとる、「テープリスナー」と呼ばれるリスナーが増加。近年はデジタル録音機能のあるラジオやパソコンで録音し、iPodなどの携帯プレーヤーで聴くスタイルも増えていることであろう。
 リスナーはその存在状態から(順に濃くなっていく)「ベビーリスナー」「ヘビーリスナー」「(投稿の)常連」「はがき職人」「ナベジュン」などと大別される(意味は分からなくていいです)。

◆終焉  数々の危機を乗り越えてきたコサキンだったが、かねてよりのラジオ離れと、08年のサブプライムローン問題に端を発する、世界的かつ構造的不況の波が放送業界を襲った。コサキンも無縁ではいられず、09年3月での放送終了をサンケイスポーツが(ややふざけた文体で)すっぱ抜き、全国のリスナーを失望のどん底に突き落とす。
 他局への移籍やWEBでの展開なども予想されたが、そんなアナウンスもないまま、あっさりと3月30日の放送で27年半の歴史に幕を下ろしている。今後、コサキン抜きでどう暮らしていいのか、とリスナーたちは服を着る余裕もないまま、おっぱだかで悩みあぐねる日々が続く。

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